和族遥かなる旅路Ⅱ

タイ族編 第16話 - 決戦の時

漢王朝の武帝は、匈奴を打ち破って西域を支配下に置き、南越に遠征してこれを滅亡させ、衛氏朝鮮を滅ぼして漢四郡を置きます。

[イン]次はいよいよ蜀・雲南の番だな。
[ヌン]あぁ、漢族は、南越で夜郎産の枸醤を見つけて、いたく気に入ったらしい。それに雲南の絹・綿織物・竹細工が、此処から象を使って身毒(いんど)国経由で西域に輸出されているのに気がついた。

夜郎国に漢王朝の使節が着いたのは、それから間もなくの事でした。

[イン]こういう事になると、漢族は目敏(めざと)いな。
[ヌン]夜郎国は、漢王朝の傘下に入って朝貢したそうだ。必要が無くなったら、すぐに滅ぼされるだろうに。

[イン]漢族はまだ、滇(てん)王国の存在に気が付いていないが、それも時間の問題だ。あの文化が知れたら、大変な騒ぎになるだろう。ヤー叔母さんは、滇王国から阿倭山に移してワ族に守らせよう。もし我々が敗れてもあそこは残る。倭族の火を消してはならない。たとえ忘れ去られても、阿倭山が在る限り、誰かがきっと中国大陸の本当の歴史に気がつく。
[ヌン]うん。そうしよう。

インは、父と暮らせなかったヤーの悲しみを知っていました。父の子孫の和族と出来る限り一緒にいて欲しいと思い、今まで阿倭山に移る話は控えて来ました。しかし今はそうも言っていられません。ヤーは、頭に鳥の羽を付けた6名の和族が漕ぐ船で滇池(てんち)を渡り、岸で神輿(みこし)に乗り換え、イ族の護衛で哀牢国へ入りました。途中の沿道では倭族が歓迎の列を成し、城ではヌンたちタイ族が出迎えます。

[イン]しばらく此処でゆっくりしてもらってから、阿倭山に移ってもらおう。
[ヌン]あぁ、これで俺も少しは恩を返せる。

ヤーは、幸せでした。いつも皆が気に掛けてくれている。父と母は、兄と一緒に日本列島で幸せに暮らしている。自分は阿倭山で、毎日東の空から昇る太陽を拝み、倭族の幸せを祈る事にしよう。そう決心するのでした。ヤーは、絹の敷物と紙包みを開いて青銅製の鏡を取り出し、高く掲げて祈ります。滇王国の和族は、すでに絹織物・紙・鏡を製作して使用していたのです。

ヤーの存在は、崑崙山(こんろんさん、黒人の山)に住む女仙人の統括者・西王母として桃源郷と共に漢族の間にも広まり、それにつれて、東の果てに住む男仙人の統括者・東王父の伝説も中国大陸に広がっていきます。西王母と東王父は、村の鳥居に泊まる青い鳥を使いにして連絡を取り合っているようです。


漢王朝は、身毒国へ通じる道を探して蜀の各地に調査団を派遣します。それを知ったインとヌンは、急いで滇王国に出向きました。

[イン]もうすぐ、此処も漢族の知る所となるでしょう。巫女は、和族と共に日本列島に渡った方がいい。滇王国の王には、楚の残党を立てます。ワ族は、滇王国に近づく者の首を狩って時間稼ぎをしてくれ。漢の使節であっても構わん。

巫女は和族と共に無事に脱出し、頭に羽を付け角髪(みずら)を結った兵の漕ぐ舟には、黒潮の風を受けて太陽の旗がたなびいていました。最後の和族を見送る二人には万感の思いがありました。

[イン]よし、これで心置きなく戦える。
[ヌン]なぁ、イン。もし俺たちが勝ったら、和族は帰って来てくれるかな。

[イン]俺もそうなって欲しいけど、無理だろな。和族は嘘偽りが嫌いだ。中国大陸からそれが無くならない限り、戻っては来ないだろな。
[ヌン]・・・。

[イン]中国大陸の文化は終わった。これからは、和族の残した文化の取り合いと破壊を繰り返し、虚飾に満ちた砂上の楼閣が永遠に続くだけだ。和族の特異な文化は日本列島のみで引き継がれ、新しい発想と技術が附加されて行く。もう中国大陸からは手の届かない所に行ってしまった。
[ヌン]・・・。

楚族の滇王国は、紀元前109年に漢の武帝に降って金印を賜りますが、滇王国は紀元前85年に、夜郎国は紀元前27年に王が惨殺されて滅びます。

[イン]和族が帰って来るのを望むなら、何が何でもここを死守することだ。
[ヌン]タイ族と苗族が、城内に穀物を運んで来るから、俺は篭城に備えて穀物倉庫を増設する。インは、見廻りを厳重にしてくれ。

タイ族と苗族は、一緒に篭城して戦いたいと直訴しました。ワ族もカレン族も戦っている。俺たちだけが傍観している訳には行かないと、長老を先頭に鋤や鎌を掲げて懇願します。

[イン]・・・・。ヌン、どうする。
[ヌン]俺は、長い間田畑を踏み躙(にじ)られ続けて来た農民たちの気持ちが良く解る。彼らもここが最後だと知っているんだ。俺からも頼むよ。

[イン]わかった。人手は幾らでも欲しい。日中の農作業はここから出掛ければいい。さ、みんな屋敷の中に入れ。城内でも分け隔てなく一緒に暮らす。
[ヌン]住居と井戸を増設するとしよう。みんなも手伝ってくれ。


西暦47年、後漢の兵20万が哀牢国に向かって進軍します。山間部の道は狭く、大軍を動かすには不利ですが、漢王朝の威勢を誇示するために敢えて大軍を送ったようです。敵が進軍してくる昆明からの道は東側の一本だけです。東門の横に建っている祭祀用の櫓(やぐら)にどっかと座ったインとヌンには、途中の山々から昇る狼煙(のろし)を見て、敵の動きが手に取るように分かります。

[イン]こりゃまた、大層な軍勢だな。
[ヌン]敵が山間部に差し掛かったら、カレン族が最初の攻撃を仕掛ける事になっている。

漢の軍勢は、あちこちで昇る狼煙に怯えながら、山間部に差し掛かかりました。その時です。突然、切り立った崖から無数の巨大な岩石が落ちて来ました。カレン族の象兵です。直撃された兵は押し潰され、道の前後は完全に塞がれてしまいました。煮えたぎった油が流しこまれ、松明が投げ込まれます。突然の出来事と、黒煙を上げて燃え上がる炎の中で発せられる断末魔の叫び声。後ろに取り残された兵は混乱して逆走し、後から続々とやって来る兵と同士討ちになり、混乱と怒号が次々と後ろへ伝染して行きます。

しかし、漢の兵は、岩石を取り除いて山岳部を通過しました。草原では見通しが利くので安心して進軍できます。遠くで農作業をしていたタイ族や苗族の農民が、突然一斉に火を掛けます。炎は瞬く間に軍勢の周囲で燃え広がり、ここでも数万の兵が戦わずに戦闘不能に陥りました。

森の山道は、何処からともなくワ族の矢が飛んで来ます。それでも圧倒的に多勢の漢兵は、とうとう城郭の入り口近くの川にやって来て河川敷に集結しています。その様子は、インやヌンのいる櫓からも良く見えます。

[イン]どうやら、橋と川の上流・下流の三箇所から同時に攻撃して来るみたいだな。
[ヌン]あぁ、朝になったら、横一列に並んで総攻撃して来るだろう。

その夜、インは夜襲を掛けました。牛の角に結び付けた松明に火をつけ、城門を開いて橋の向こうの陣へ突入させます。同時に後ろの山道からもワ族が松明に火をつけた牛を暴走させます。左右の川岸からは象兵が襲い掛かります。インは機を見て刀を抜き、イ族を率いて敵陣へ切り込んで行きました。すでに戦勝気分に浸っていた漢の軍勢は散々に打ち破られてしまいました。

それでも翌朝、漢軍は体制を整えて総攻撃の構えです。

[イン]流石に侵略に特化した民族だな。恐らく、諸侯には領土の分割切り取り、将兵には略奪・暴行し放題と煽っているのだろう。
[ヌン]こうなったら、決戦の前に出来るだけ敵兵を削いでおくしかないな。

漢軍の総攻撃が始まりました。橋から先陣が我先にと渡り始め、すでに東門まで迫っています。上流・下流の川岸からおびただしい船が渡河して来ます。

[イン]今だ!橋を落とせ!

橋の上にいた兵は、真っ逆さまに落下して濁流に飲み込まれました。上流からはワ族が火のついた油を大量に流して船と兵を焼き尽くします。こちら側に辿り着いた漢の兵士は、城郭からの矢とイ族の突撃で壊滅しました。

その後も漢軍の執拗な攻撃は毎日のように続き、その度にインは敵陣に切り込みますが、味方の戦力は日増しに減少して行きます。

[イン]今度総攻撃を食らったら、恐らくこの城は持たん。ヌンよ、その時は住民を連れて西門から逃げろ。
[ヌン]嫌だ。俺は、ここでお前と最後まで戦う。それがラオーとの約束だ。

[イン]それは違う、まだ逃げる場所はある。山を越えれば東南アジアだ。メコンの畔のラワ族を頼って行け。ラワ族は和族の子孫だから、ラオーの話しをすれば喜んで迎えてくれる。お前はそこでラワ族の后を娶り、ラオーの志を継げ。
[ヌン]お前が何と言おうと嫌だ。長江では高砂族のモーナも残って戦った。俺はここでお前と一緒に戦うと決めたんだ。

[イン]・・・、わかった。もう言うまい。せめて住民だけは先に逃がそう。みんなを西門に集めてくれ。イ族は東門を固めて敵兵から目を離すな。
[ヌン]よし。

二人は、西門を開けて住民と別れを告げます。カレン族も象を連れて全員集まっています。インはヌンを外に置いたまま門を閉めました。

[ヌン]おい、どうしたんだ。イン、門を開けろ!

[イン]ヌン逃げてくれ。そして新しいタイ族の国を作るんだ。
[ヌン]・・・。

二人はそれ以上言葉が続かず、門を挟んで向き合ったまま、長い時間うな垂れていました。翌朝、漢軍の総攻撃が始まりました。漢の兵は破城槌(はじょうつい)を繰り出し、無数の攻城櫓(こうじょうやぐら)で火矢を打ち込み、城壁を乗り越えて来ます。インとイ族は白兵戦で奮闘しましたが、門は破壊され城内は燃え上がり、哀牢国は崩壊しました。

数日後、城郭の燃えかすが燻(くすぶ)る中で、インは、壊れた煉瓦の防御壁に一人でポツンと座っていました。身動き一つせず、頬はこけて髪は真っ白でした。

小麦やヤーと過ごした桃源郷の阿倭山。ラオーと出会った長江。越で別れたモーナ。哀牢国で一緒に戦ったヌン。みんな幸せそうに笑っています。これで良かったんだ。阿倭山に朝日が輝き、永昌の山々は花が咲き乱れ蝶が舞っています。空には一羽の青い鳥が、東に向かって飛んでいました。

(完)

Google Sponsored

コメント

このページに関する、ご感想やご質問をお寄せください。
お名前と都道府県名は、正確にお書きください。 - 泰山 -

お名前: *必須
都道府県: *必須
コメント: *必須

まだコメントは有りません。