和族遥かなる旅路Ⅱ

タイ族編 第8話 - 貝の道

[ヌン]でも、漆とか日本列島の文化は、どうやってこの長江に来るんだい。
[イン]和族にはな、50,000年前から、台湾・長江下流・黄河下流・朝鮮半島南部・日本列島沿岸を結ぶ貝の道があるんだ。ちょうど8の字に成っていてな、この長江の村がその中心なんだ。ここで発展した文化は日本列島へ、日本列島で発展した文化はここへ伝わって来る。

[イン]それは取りも直さず、ラオーが和族と共に辿(たど)った貝の道なんだよ。いいかい、貝文化を携えて台湾沖に達したラオーは、中国大陸で最初の村をこの長江下流に作った。次の村は黄河下流に作った。そしてバイカル湖から帰って来たラオーは、此処から済州島を経由して日本列島へ渡った。どこも南方系和族が繁栄した場所だ。
[ヌン]あぁ、俺も黄河の和族の村でラオーと暮らした。あそこも東西南北の和族の村と交流していたよ。

[イン]貝の道はな、東支那海・黄海・日本海の沿岸を結んだ、広大な貿易圏でもあるんだ。ここで流通しているのは東支那海で採れる子安貝(宝貝)で、世界で始めての通貨なんだ。もっと辿れば、貝の道は、遥(はる)かアフリカの海辺の村に繋がっているんだ。
[ヌン]・・・。

[イン]漆や貝文化だけじゃないぞ。磨製石器は、日本列島じゃ40,000年も前から使っている。ヨーロッパや西アジアで局部磨製石器が現れるのが9,000年前だから、いかに日本列島が進んでいたか解るだろう。ラオーは、ここでも磨製石器を作った事があるらしい。石斧・石皿・石棒・石臼をな。
[ヌン]あぁ。黄河でも作っていたから、ラオーに聞いたことがある。小麦の事を思い出しながら作っているんだと言ってた。夜になると、手作りの笛を吹いていた。物悲しい音色でなぁ、みんな涙を零しながら聴いていたよ。

[イン]うん、その時の文化と精神は、黄河中流の賈湖村を作った和族にも引き継がれたそうだ。みんな平等でね、粟(あわ)を栽培し、彩色土器や磨製石器を作った。そして、夜は笛の音色が響いた。周囲には苗族の村もあったけど、その土器や石器の文化、精神文化は異質だったそうだ。
[ヌン]あぁ、良く解るよ。和族は特殊な精神文化を持っている民族だ。


[イン]まだ有るぞ。ここの所は、しっかり頭に入れて置いて欲しい。賈湖村の和族は、今から9,000年も前に、土器や磨いた石棒に文字を刻んで祈祷していたんだ。これが、いわゆる甲骨文字の始まりなんだよ。土器は北方から伝わって来て、磨製石器は日本列島から伝わって来た。どちらも北と南の和族が持ち込んだ、中国大陸最古のものだ。それが賈湖村で文字を生み出したんだ。
[ヌン]・・・。

[イン]そこに侵入して来たのが、夏族の黄帝だ。夏族は、別名賈族ともいう。村ごと文化も乗っ取られちまったんだ。賈湖村の和族の精神文化はそこで終わった。精神の伴わない文化は必ず暴走する。夏族が暴走しているのはその為だ。
[ヌン]・・・。

[イン]黄帝は、黄河下流の和族の村をも占拠した。後は、お前が知っている通りだ。
[ヌン]あぁ。あの時、俺達タイ族は危うく難を逃れた。そして、和族に連れられて此処に来たんだ。苗族の多くは逃げる事も出来なかった。

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