和族遥かなる旅路

シベリア編 第3話 - 細石刃

イーは、何処から持ってきたのか、黒い石をコンコンと叩いています。ガラス質の硬い石です。鹿の角で軽く叩くと、薄い剥離片が取れます。その剥離片を1~2cmにカットして、木や骨の柄に彫った溝に沿って何枚も埋め込み、膠(にかわ)で接着していきます。

[イー]ソン、この槍を投げてみろよ。
[ソン]軽いなぁ。これなら、何処までも飛んで行きそうだ。しかも、突き刺したらマンモスの心臓まで届きそうだよ。

まだ初期の段階ですが、史上最強の石器、細石刃(さいせきじん)の完成です。細石刃が発明されたからマンモスハンターが成り立った、と言っても過言ではないでしょう。しかも、今までの石槍と違って、柔らかい木と硬い黒曜石の刃を組み合わせた細石刃は、折れにくく何回でも補修が効きます。この先、細石刃は、改良を重ねながらマンモスが全滅する10,000万年前まで、実に3万年もの長きに渡って使用されることになります。

[ソン]よし、行くか。
[イー]うん。

マンモスを沼地に追い込んで狩る方法は、この頃にはすでに定着していました。犬たちも大活躍しました。肉は、細石刃のナイフで切り取り、村まで運びます。村民総動員の一大イベントです。骨も石斧で切り出して運びます。骨髄は古代人の最高のご馳走でした。泥に埋まったマンモスの体半分は、なかなか取り出せません。解体作業の通路に使って、そのまま放置されることも多かったでしょう。

マンモスの肉や骨は村人に均等に配分されました。1頭倒して乾燥させたり塩漬けにすれば、小さなバンドだったら半年分の食料です。どの家の周囲にも干し肉が並び、家の中は塩漬けの肉で一杯です。人々の顔には自然と笑みが溢れてきます。

大量の肉を塩漬けにする必要性から、土器の製作は農耕民族よりも早かったかもしれません。後からやってきた和族に、ソンと祖先を同じにするY-C2系が行動を共にしていましたから、彼らが最初に製作した可能性が高いようです。Y-C2系は、バイカル湖周辺で32,000年前に分岐し、ここを中心に広がり、中央アジア・シベリヤ・南北アメリカ大陸へ和族と共に渡って行きました。日本列島にも到着しています。ソンよりもっと冒険好きだったようです。

[イー]ジー、何してるんだい。

冬の長い夜、ジーは、こつこつとマンモスの牙に何かを刻んでいます。最近は、小型のナイフやトナカイの角に石器を取り付けた小さなドリルで、細かい作業が出来るようになっていました。

[ジー]うん、かあさんを彫っているんだ。

ジーは、草原のお母さんや小麦のことを思い出しながら、ビーナスを彫っていました。細長くてスマートで背が低く、腕輪もはめています。髪は巻き毛です。寒冷化への適応が進んでいるとはいえ、まだこの頃は巻き毛だったのでしょうか。

[ソン]お前たち、ずいぶん白くなってきたなぁ。
[イー]お前も、ずいぶん赤くなってきたぞ。
[ジー]はははっ。

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